言い伝えから知る、梅干しのあれこれ

梅雨の到来とともに、梅の実を使った「梅仕事」のシーズンがはじまります。「梅仕事」とはその年に収穫した梅の実を使って いろいろな加工品をつくることで、旬を知らせてくれる日本の生活文化の一つです。今回は 言い伝えから知る、梅干しのあれこれ についてお伝えしたいと思います。

「梅は医者いらず」と言われるように、梅干しは時を越えた万能薬としての効果があります。たくさんのパワーを秘めた梅干をうまく生活に取り入れて健康な身体づくりに役立ててみてはいかがでしょう。

言い伝えから知る、梅干しのあれこれ

つくるものに合わせた梅選びが大切

わたしの実家の庭にはこの時期になると毎年梅の実が成ります。小学生の頃、学校の定期販売で購入した実梅の苗木がいまでは大きく育ち、毎年10キログラムくらいの梅の実が収穫できます。

実梅は観賞用としては華やかさに乏しいですが、その分実つきがよく、おそらくほかの果樹に比べると手間はほとんどかかりません。ただ、「サクラ切る馬鹿、ウメ切らぬ馬鹿」ということわざの通り、梅は高木になりやすく、枝ぶりも多くなりがちです。なので剪定を怠ると高木になるばかりか、細い枝の占める割合が増えて、徐々に梅の実の収穫量が減るので手入れは大切です。

今では実家から離れて暮らしているので、「梅仕事」を手伝うことはめっきりなくなりましたが、それでも時期になると実家から梅ジャムや梅干しが届きます。素朴で何かホッとする味が毎年の楽しみになっています。

梅は、梅干しや梅酒、梅ジュースなど加工するものによって、適した梅の種類や状態は異なってくるので、用途に合わせた梅を選ぶことが重要です。

たとえば梅干しは、実が熟し始めたものを使うのが最適です。完熟の梅なら、梅の栄養素をしっかりと摂取することができます。梅酒に加工する場合は、まだ熟していない青梅を使用するのが基本。実に傷がなく、張りがある青々している梅が最適です。また、梅シロップや梅ジャムも、梅酒同様、青々した青梅を使ってつくることができます。

青梅には「アミダクリン」という成分が含まれており、酵素によって分解されると青酸が発生します。それによって中毒症状を引き起こす危険性があるため、生で食べることはせず、加工が前提の素材です。必ず加工して食べるようにしてください。

長く語り継がれた梅干しの効用

梅の木の原産地は中国。2000年以上前の中国最古の古文書『神農本草経』に、梅を使った漢方、烏梅(うばい)について「肺の組織を引き締め、腸の働きを活発にし、胃を元気づけ、身体の中の虫を殺す」効用があると記されています。

梅の実をかまどの煙で黒く燻し、乾燥させて作る烏梅は、今でも中国ではを漢方薬の材料として下痢や吐き気止め、解熱、せき止めなどに使用しています。

日本には3世紀の終わり頃、中国の呉の高僧がもたらしたなど諸説ありますが、当時は食用として使われた史実はなく、奈良時代になり、柿や桃、梨、杏などと同様に、生菓子として食べられるようになりました。その後時代を経て梅の効用を体験的に知るようになり、梅の塩漬けを保存食として、薬として用いるようになったようです。

平安時代中期になると梅干しが作られるようになります。日本最古の医薬書『医心方』には、「味は酸、平、無毒。氣を下し、熱と煩懣(ぼんまん)を除き、心臓を鎮め、四肢身体の痛みや手足の麻痺なども治し、皮膚のあれ、萎縮を治すのに用いられる。青黒い痣や悪質の病を除き、下痢を止め、口の渇きを止める」と効能が記されています。

当時の天皇が疫病にかかった時、梅干しと昆布を入れたお茶を飲んで回復したというエピソードがあります。これは今も元旦に飲む縁起物として受け継がれる「大福茶(おおぶくちゃ)」の起源といわれています。

戦国時代になると、軽くてかさばらず保存性にも優れていたので、兵糧食として大活躍します。戦場での食欲増進など滋養強壮など、味噌と並んで戦国武将の兵糧丸の重要な原料になりました。さらに戦場で水あたりなどを起こした時などの殺菌や整腸剤としてもとても重宝しその使い道は多岐にわたりました。

江戸時代になると、梅干しはやっと庶民の食卓に上るようになりました。江戸時代に書かれた『飲膳摘要(いんぜんてきよう)』には「梅干しの七徳」として梅干しが紹介されています。

  • 毒消しに功あり。うどん屋は必ず梅干を添えて出す。
  • 防腐に功あり。夏は飯櫃《めしびつ》に梅干一個を入れておけば腐らず。
  • 病気を避けるに功あり。旅館では必ず朝食に梅干を添えるを常とす。
  • その味かえず。
  • 息づかいに功あり。走る際、梅干し口に含めば息切れせず。
  • 頭痛を医するに功あり。婦人頭痛するごとにこめかみに貼るを常とす。
  • 梅干しよりなる梅酢は流行病に功あり。

幕末から明治初期に全国でコレラが大流行したときに大活躍したのが梅酢と梅干しです。現在では、コレラ菌が有機酸に弱い菌であることはよく知られていますが、江戸時代の人々がコレラ菌の性質を知っているはずもなく、長年の経験から梅酢に強い殺菌力があることを知り、治療に役立てたのです。

古い言い伝えですが、「梅干しの七徳」は今にも通じることがほとんどで、その効用が長く語り継がれてきたことがわかります。

古来から「梅は三毒を断つ」といわれています。 三毒とは「水毒」「食毒」「血毒」のこと。 「水毒」は体内の過剰な水分の停滞、「食毒」は食生活の乱れにより生じた未消化物、「血毒」は血液の汚れや停滞のことです。

  • 水毒=むくみ改善
    梅は、人間の組織を作る上で大切な、カルシウム、リン、鉄分など鉱物性の栄養素をたくさん含んでいます。カルシウムはリンゴの4倍、鉄は6倍にもなり、亜鉛やマグネシウム、カリウムも梅の方が多く含んでいます。
    カリウムは神経や筋肉の機能を保つ働きがあるので、不足するとむくみやすくなってしまいます。梅の成分を補えば、余計な排泄物を尿に促してくれるため、むくみの予防になります。
  • 食毒=疲労回復・ダイエット、ピロリ菌の抑制
    梅干しの酸っぱさのもとは「クエン酸」です。梅は果実の中でもクエン酸の含有量が最も多く、小さな一粒にレモン一個の2~3倍とされます。
    梅干し独特の酸っぱさの基となるこの成分は、疲れの原因となる乳酸を分解し、エネルギーを生み出します。
    また、「クエン酸」はエネルギーを無駄なく変換できるため、体内に余分な脂肪がつくのを防ぎます。食事での血糖値の上昇も抑えられるため、梅干しを食べながらゆっくりと食事をとれば、ダイエット効果も期待できます。
    さらに、胃炎や胃潰瘍、胃がんの原因となるピロリ菌の活動を抑制する効果も認められています。
  • 血毒=慢性病・肌荒れを改善、免疫力アップ
    人間の血液が酸性化するとドロドロの黒い血液になり、便秘や肌荒れ、貧血、糖尿病、生理不順などさまざまな不健康の原因となってしまいます。そうならないためには、梅干しのような「アルカリ性食品」を食べて、体内の酸性を中和させればよいのです。
    また、クエン酸も血液をサラサラにし、血流を改善して免疫力を高め、風邪やインフルエンザにかかりにくくするといわれています。

男性には生活習慣病の予防、女性は美容や老化防止の効果がある「梅干し」の脅威のパワー。毎日一粒ずつからでも食卓に取り入れたいですね。

言い伝えから知る、梅干しのあれこれ

「梅干し」と「調味梅干し」の違い

スーパーに行くと、梅干しの種類がとっても豊富ですよね。成分表示には「梅干し」と「調味梅干し」があり、それぞれにも種類がありすぎてどれを選べばいいか分からないという人も多いはず。では、そもそも「梅干し」と「調味梅干し」って一体何が違うのでしょうか?

その答えは、シンプルに梅を塩で漬け込んだなものを「梅干し」。それに対して、塩漬けされた梅干しを一旦水などに浸けるなどして塩抜きし、はちみつや砂糖、昆布出汁やかつお出汁などを加え、味をととのえたものを「調味梅干し」としています。

JAS法でも明確に分類していて、伝統的製法によって製造されたものを「梅干し」、調理されたのものを「調味梅干し」と表示することが義務付けられています。

いわゆる伝統的な「梅干し」の塩分量とカロリーは、一粒(10g)でカロリー3kcal、塩分量2gなのに対して、「調味梅干し」一粒(10g)のカロリーは、10kcal、塩分量は0.7gとなっています。一日の成人男性の塩分摂取量の目安が8g未満、女性は7g未満であることを考えると、「梅干し」を一日一粒であれば問題ない塩分量と言えます。

では、「梅干し」と「調味梅干し」効能的な違いはどうでしょう。実は「梅干し」に多く含まれる酸っぱさのもとで、疲労回復やカルシウムの吸収を助けるクエン酸は、水に溶け出しまう性質があります。

なので「調味梅干し」を作る工程の塩抜きのときに「梅干し」本来の成分が大きく失われてしまいます。 また、塩分を下げているので保存期間も損なわれ、その分をビタミンB1などの保存料で補っています。

わたしも成分表示を気にするようになってから、調味梅干しより実家から送られる手づくりの梅干しをメインに食べるようになりました。 もちろん、塩分は気になりますがたくさん食べるわけではないのでさほど気にしていません。 今のところ、健康的に過ごしていますし、問題もなく食生活を送ることもできています。

いかがでしょう。梅干しにまつわる言い伝えは、本当にたくさんあります。それだけ日本の食卓に根ざした大切な食材であることがよく分かります。「梅はその日の難逃れ」という言い伝えにあるように、朝、梅を食べれば、その日一日、災難から逃れることができる、とされています。なんか験担ぎのようなことわざですが、それでも健康になるための小さな一歩として続けてみてはいかがでしょう。